在宅勤務になって、暮らしが楽になりました。
でも同時に、住まいの意味が少しずつ変わってきたとも感じています。
通勤しなくなると、服装や食事だけでなく、
「どこに住むか」という選択の意味まで変わるとは思っていませんでした。
今日は、在宅勤務になってから私が感じた暮らしの変化を、
正直に書いてみようと思います。
在宅勤務になって、暮らしはたしかに楽になった
在宅勤務になって、暮らしはたしかに楽になりました。
けれど、その楽さと引き換えに、
前は当たり前だったものの意味が少しずつ変わってきたように感じています。
日々の変化は、細かいところにいくつもあります。
スーツを買わなくなりましたし、パンプスのかかとを直しにミスターミニットへ行くこともなくなりました。
口紅や整髪用オイルも、以前ほど減りません。
昼食は家で食べられるようになり、決まった時間に食事をとりやすくなりました。
仕事の合間に家事ができるのも、在宅勤務のよさだと思います。
こうして並べてみると、在宅勤務はずいぶん無駄の少ない働き方に見えます。
実際、身支度や移動にかかっていた手間やお金は減りました。
以前より気持ちに余裕ができた部分もあります。
会社の近くに住む意味が変わった
ただ、在宅勤務になって感じた変化は、それだけではありませんでした。
私にとっていちばん大きかったのは、会社の近くに住んでいることの意味が、
以前とは少し変わってしまったことです。
私は会社まで歩いて15分の場所に住んでいます。
通勤の負担を減らしたくて、その近さを優先して住まいを選びました。
家賃は少し高めでも、毎日通うことを考えれば、その距離には十分意味があると思っていました。
通勤時間が短いことは、気持ちの面でも体力の面でも助けになりますし、
何かあればすぐ会社に行ける安心感もありました。
通勤していた頃は、その近さにきちんと価値を感じていました。
会社が遠くないというだけで、一日の負担はかなり違います。
長い通勤時間がないことは、自分の生活を整えるうえでも大きなことでした。
住まいは変わらないのに、意味だけが少し薄くなる
けれど在宅勤務が増えると、その前提が少し変わります。
会社の近くに住んでいても、毎日通うわけではない。
そうなると、これまで確かに意味があったはずの「近さ」が、
以前ほどはっきりした価値として感じられなくなります。
住まいそのものは変わっていないのに、そこに込めていた意味だけが少し薄くなる。
そんな感覚があります。
もちろん、会社が近いことがまったく無意味になったわけではありません。
出社が必要な日にはやはり便利ですし、何かあったときにすぐ動ける安心感も残っています。
けれど、通勤を前提にして組み立てていた生活と、在宅勤務を前提にした生活とでは、
住まいに求めるものが少し違ってくるのだと思います。
住まいについては、賃貸ぐらしのわたしが、老後の住まいを考えはじめた話にも書いています。
在宅勤務で体重が増え、外とのつながりも薄くなった
在宅勤務には、別の変化もありました。
通勤しなくなった分、歩く量はかなり減りました。
毎日の積み重ねは意外と大きかったようで、気がつけば3キロほど体重が増えていました。
人と話す機会も少なくなり、外から受ける刺激も減ったように感じます。
家には誘惑も多く、人の目がないぶん、自分で気持ちを切り替える必要があります。
楽になった部分はあっても、それとは別の難しさがあるのだと思います。
住まい選びについては、56歳おひとり様、UR都市機構の物件を見にいく――退職後の住まい探しという記事も書いています。
働き方が変わると、暮らしの意味も変わる
働き方が変わると、変わるのは仕事のやり方だけではありません。
通勤、服装、食事の取り方だけでなく、どこに住むか、その場所にどんな意味を持たせるかまで、
少しずつ変わっていきます。
在宅勤務になってから、私はそのことを前よりよく考えるようになりました。
会社の近くに住むことは、通勤していた頃の私には確かに必要な選択でした。
ただ、その選択の意味は、働き方が変わると同じままではいられないようです。
在宅勤務になってよかったことはたくさんあります。
けれどその一方で、以前は気づかなかったような小さなずれも、静かに生まれているのだと思います。
在宅勤務になって気づいたのは、住まいの「意味」が変わったということだけではありませんでした。仕事を中心に組み立ててきた生活そのものを、そろそろ見直す時期かもしれない——そんな気持ちが静かに芽生えてきました。会社の近く、広めの部屋。それは働いていた頃の自分に必要だったものです。でも退職が見えてきた今、次に選ぶ住まいは、仕事のためではなく、これからの暮らしのために選びたいと思っています。コンパクトでいい。その分、自分が好きな場所の近くがいい。


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