会社に必要とされなくても

仕事と退職

携帯が、鳴らなくなった。

それに気づいたのは、いつもどおりパソコンを開いた、ごく普通の朝だった。

メールも来ない。毎朝あれほど欠かさずチェックしていた受信箱も、今は静まり返っている。以前なら「また連絡が来た」とため息をついていたのに、いざそれがなくなると、なんとも言えない空白感に包まれる。

退職という文字が、頭をよぎった。

56歳、57歳で退職した人たちの話をYouTubeで探すようになった。老後の資金の作り方、年金の受け取り方、セカンドライフの過ごし方。気づけば毎日AIに「老後はいくら必要か」「今の貯金で何年生活できるか」と計算してもらっている自分がいる。

不安なのだ、正直に言えば。

会社という場所に必要とされていた自分は、本当に「自分」だったのか。
携帯が鳴り、メールに追われ、誰かに求められることで、自分の存在価値を確認していなかっただろうか。

こうも思う。

人と関わらないで済む。どこかでほっとしている自分があり
以外に私は一人が平気だし好きなのだというこのに改めて気づく。

YouTubeで見た56歳で退職した男性は言っていた。「最初の3ヶ月は怖かった。
でも今は、生まれて初めて自分の時間を生きている気がする」と。

老後の資金は、確かに大切だ。計算して、備えて、現実を見ることは必要なことだ。
でもそれと同じくらい、「これからどう生きたいか」を考える時間も、きっと必要なのだと思う。

いまは考えても考えても これからどういきたいか?の答えは出てこない。

会社に必要とされなくても、自分は自分だ。

携帯が鳴らなくなったこの静けさの中で、もしかしたら本当の自分の声が、やっと聞こえてくるのかもしれない。

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